言葉をください63

  椿ぽたぽた

  世の中にはふしぎなことがあるものです。私のふしぎは初め一個の小さな点だったのですが、二つ三つとつながって、ついにハート型の団子になってしまいました。

  雪舞いのついでと天に抱き取らる

  十七歳で嫁いで三十九年も経ったある日、病院のベッドで夫は私にこう申しました。

  「こうなってしもうて、もうおまえにしてやれることは何も無《の》うなった。いや、ひとつだけある。それは、おまえの荷物にならんことや……」

  それから十日目に夫は急性肺炎で逝ってしまいました。雪花の舞う寒い日でした。

  骨ひろい誰かおもしろがっている

  私にはまだ両親がおりますので、私は人の骨というものを初めて見たのです。親戚縁者は泣きくたびれて、骨あげのころには女性たちは化粧を直し、口紅さえ鮮やかなのでした。

  「わーっ」と泣いたのは私一人だったようです。私はずるずると引き出された熱い骨を見たときがいちばん悲しゅうございました。それは夫婦という肉の絆の消滅の刻だったからでしょうか。

  ふところよわれ泣かしめて雪になる

  一年あまり一人で暮らしてみて、私はつくづくとシングルライフに向かぬ人間だということを悟りました。机から終日離れず、食べず眠らず。私はどんどん痩せていきました。相棒があれば食べてもらえるうれしさに、私は日に三度まないたを鳴らすでしょう。玄関に花を活け、せっせと靴も磨くでしょう。

  私は思い切って、そのひとのふところにとび込みました。笑おうとしましたのに、涙があふれて。外はこの日も雪でした。

  冬の野は真紅《しんく》わたしは嫁にゆく

  決心を固めたのは去年の暮でした。枯野が真紅に見えました。五十七歳の花嫁です。非難はごうごうと渦を巻きました。

  ふりむけば人の親たる日の手毬

  そのひとも私も、それぞれの子の心のうちを思いやって、さびしい微笑を交すばかりのうちにいつしか春となりました。

  「ぼくの息子の幼いころに……」

  「わたしの娘が少女のある日……」

  毬はてんてんと二人の胸にころがりました。

  除籍入籍椿ぽたぽた落ちる中

  私たちは五月の雨の日に市役所の窓口に立っていました。あれよあれよと、まだ他人事のように思っているうちにわずか数分で、私はそのひとの妻になったのです。

  「誰に許してもらわなくてもいいさ」

  「そうね、私が選んだ道ですもの、歩くしかないわ」

  「それでいいんだ。人生八十年だよ、これからだよ」

  二人三脚はころびやすいでしょう。ヒモがゆるんだり、イキが合わなかったり。でも、私たちは後悔だけはしないつもりです。